妖精さんの独り言 3−2

◆現場の思考術◆


 さて、こういう「絵に描いた餅」みたいなことを学生に教えていたのですが・・・大学を離れて、鳶の現場で働いてみると、まさにこういった思考法で現場を回そうとする現場監督や、建築基準に合わせて数字を合わせている設計図と、実際に鉄骨を組んだり、ボルトを入れたり、溶接したりする現場の職人さんたちとのあいだには・・・「深くて渡れない河がある」ことに直面しました。何しろ、設計図通りに建て方ができることなど皆無でしたし、現場監督の立てた計画通りに作業が進むことも皆無でした。というか、それが現場では当たり前なんですよね。設計図通りにはいかないところをどう工夫して(現場監督の了承のもと)誤魔化すか? 設計図とは寸法の違う鉄骨が運び込まれたときに、どうやって寸法を合せるか? それが現場の仕事だったりします。そして、何よりも困るのは、設計図通りに組み立てようと思っても、構造的にボルトが入らないとか、ボルトを締めるためのシャーレンチが突っ込めないとか、クレーンで釣り下げても所定の場所に鉄骨を持って行けないとか・・・現場で鉄骨を組む人のことをまったく想定していない設計図や建築計画というものでした。


 そういう意味で、原発の安全審査とかやっていますが、そもそも設計図通りに施工するのが無理な上に、数十年の老朽化が重なって、地震津波でやられない原発を作るのは無理でしょう!? ましてや、あの天井から吊り下げた巨大な配管を固定するアンカーボルトの劣化や、複雑で狭い空間のなかで配管の継ぎ目を溶接することの困難さを考えたら、設計強度が確保されていると想定すること自体に無理がある! というのが、現場を経験した者としての正直な感想です。まあ、「事件は現場で起きている」という言葉の通りで、頭だけや口だけ、設計図だけ、視察して見ただけでは、本当の現実は分からないのだと思います。


 で、逆に現場の人たちは、現場監督や設計図に文句を垂れるばかりで、建設の全体像が把握できていなかったり、他の職人さんとの連携がうまくいっていなかったり、工程上のクリティカル・パスやボトルネック、さらには資材の搬入搬出の流れが分かっていなかったりするので、そのあたりの情報を共有して、うまく伝達するような工夫も大事かもしれません。何しろ設計図と施工の解離、現場監督と職人さんたちの齟齬、理想と現実の違いというのは、どうしても起こってくるので、少しでもそういった行き違いをなくすために、現場に足を運んだり、現場の人達とのコミュニケーションを密にしたりするのが、必要不可欠だということを実感しました。


 それから、他に現場で学んだこと・・・いや、沢山あるのですが、そのなかでも大事だと思ったのは、どんな作業をするときにも、基準点あるいは固定点を意識しなければならない、ということです。例えば、「墨出し」という作業がありますが、場所と高さを測量で定めた基準点をもとにして、そこから床や柱に線を引いていく・・・つまり、設計図に描かれたラインを現場に描き直していくのですが、この時に基準点が間違っていると、すべてが狂ってしまって後でやり直すことになってしまいます。実際、同僚がこの墨出しで失敗して、1日かけて作ったシャッター下地の位置が間違っていたことが後から判明して、午前2時まで残業して作り直したこともあります・・・JR大阪駅前の某超高層ビルですが。また、基準点が複数ある場合にも、基準点同士で狂いがあったりずれがあったりすると、横をつなぐ鉄骨の水平が出ない(TT)なんてことが起こったりもします。まあ、基本、鉄骨というのは水平と垂直なんで、斜めになっているということは、部材に狂いがあるか、墨出しで寸法を間違えたか? という話になります。


 それから、アングルなどを鉄骨などに溶接するときにも、斜めになったり、ずれたりしないようにする必要がありますが、その時に丸坊主にサングラスをかけた、どこをどう見ても「ヤ○ザ?」という先輩に教わったのが、何しろ点づけで仮溶接をしていくときの、順番を考えなければならない! ということでした。というか、一番最初に仮止めするところの位置がずれると、後から何をしてもずれたり斜めになってしまったりする。逆に、最初の1点がうまく仮止めできると、そこを支点に微調整をしながら固定していける・・・しかも、本溶接をすると、熱で鉄が膨張してどうしてもゆがむので、ゆがみを防止するようなポイントを点づけしないといけない。まあ、そんなことを「こんなことも知らんのか!」とか言われながら、優しく? 教えてもらったのですが、その時に、「ああ、なるほど、何事も最初の基準点が固まっていないと、うまく組み立てられないんだな」ということを悟ったわけです。


 そのことと共通するかどうか分かりませんが、アーク溶接やガス溶断をする時にも、何しろ溶接棒や溶断器を持っている手の肘や手首を何か動かないもの(資材に手首をくっつけておくとか、肘を膝の上に置くとか、それが不可能な時には脇をしめるとか、左手を使うとか)にくっつけて、そこを支点にして動かしていかないと、うまく溶接したり、まっすぐに溶断したりすることができません。何しろ、現実の物づくりの作業においては、基準点や固定点を確保することが、良い仕事をするための大前提になるわけです。


 あと、もう一つ・・・学校ではまったく学ぶ機会がなかったことは、「段取り八分」ということです。職人さんによっては「仕舞二分」と続けて、「じゃあ、本業は0分?」みたいなことを思うこともありますが、何しろ、仕事においては「段取り」と「仕舞」が大事で、それだけで勝負がつくと言っても過言ではないかもしれません。ちなみに、農業でも「苗半作」という言葉があって、良い苗を作ることが重要視されていますが、それに定植や播種前の土づくりや畝立てを加えれば、「段取り八分」と言えるかもしれません。


 鉄骨鳶でも雑鍛冶でも、所定の場所まで延長線やガス管、キャプタイアを引っ張って、シャーレンチでボルトを締めたり、アークやガスで鍛冶仕事をしたりするのですが、実際に作業を行なう時間というのは短くて、むしろ電源やガスボンベから電気やガスを引いてくる段取りと、それを撤収して次の作業場所へ段取り替えする作業、さらには最後にすべてを撤収して仕舞する作業の方が、時間と手間がかかったりします。まあ、これが新人さん(坊主)の仕事なんですが、本当に頭を使ってうまく短時間で段取りができると、仕事はスイスイ進むし、逆に段取りで手間取るとまったく仕事が進まなくて、残業に突入してしまう・・・なんてことにもなります。もっと言うと、この段取りを指図する職長さんが優秀だと、滞りなく平々凡々に仕事が終わるんですが、現場を把握していない職長さんのもとでは、無駄な動きが多くなって、何か問題が起こってはアクロバティックに解決するという、非常にドラマチックな現場になってしまいます。


 いや、そもそも段取りというのは、前日の仕舞から始まっていて、明日の作業で必要な道具の種類と数、ガス管の長さ、延長線やキャプタイアの長さ、鉄骨を引き上げたり固定したりするためのレバーブロックやチェーンブロックの数や種類・・・を的確に揃えて、前もって積み込んでおくか、用意しておく必要があります。それに関連して、親方から口を酸っぱくして言われたのが、「頭の中で、仕事の絵を描かないといかん。何事もイメージできるようにせんとあかんぞ」ということです。まあ、イメージ・トレーニングみたいなものですが、実際にきちんと頭の中で明日の作業工程をイメージして、そのなかで自分が色々な作業をしているところまでイメージできると、作業に必要な段取りや道具、さらには作業上のクリティカル・パスとそれを乗りこえるための工夫、先輩や同僚に助けてもらわなければならないポイント、資材の搬入・搬出とその動線などが、はっきりと見えてきます。それに基づいて段取りをすれば、万が一の時のバックアップも含めて、万全に近い準備ができるようになります。


 職人さんの言う「イメージ」というのは、上から俯瞰するようなイメージだけでなく、現場のなかで自分がどう動いているか? という「参加的イメージ」なのが、面白いところです。まあ、鉄骨の建て方も、クレーンの配置から見て、奥の方から順番に組み立てていかないと、鉄骨を該当箇所まで持って行けないとか、クレーンが出られなくなったとか、なかなか恐ろしいことが起きてしまうので、何しろ設計図を見ながら、自分の頭のなかで一通り鉄骨を組み立ててみる・・・というのが、親方のやり方だったようです。そのなかで、自分だけでなく、従業員も動かしてみて、作業に必要な人員とスキルを見定めていたのかもしれません。