妖精さんの独り言 3−5

◆農業のアナロジーから見た地域再生


 さて、こうした農業の営みを「ルート・メタファー(根元隠喩)」として、地域再生地域活性化というテーマについて「アナロジカル・シンキング(類推思考)」を行なってみましょう。実は、前回の講座でWさんに最後に尋ねた質問、「地域活性化で人集めをするのと、巣箱を置いて蜜蜂を集めるのには、共通点があるんじゃないですか?」という質問は、このアナロジー(類推)に基づくものでした。「蜜蜂でも、人集めでも、タイミングが大事!」という答えを頂きましたが、養蜂を勉強すると非常に含蓄がある言葉だったりします。というか、地域に桜を植えたり、菜の花を植えたりすれば、観光客だけじゃなくて、蜜蜂さんたちも集まってくるんですが・・・逆に、蜜蜂さんたちの蜜源が四季を通じて途切れないように、地域に訪花植物を植えてやれば、それに釣られて観光客も集まってくるんじゃないかな? みたいな気もします。そうなると「蜜蜂の多い地域は、観光客も多い」みたいな仮説が成立する可能性も出てきますが・・・いやいや、それはちょっと無理があるかもしれません。実際に蜜蜂を増やしみて、実証的なデータをとってみる必要があるでしょう。


 さて、地域起こしや地域活性化においても、前述した農作業のプロセスにあたるものがあるのではないでしょうか? 例えば、耕作放棄地の場合には、まず、開墾作業から始まります。いや、その前に耕作放棄地を探して、その土壌条件や植生、さらには農道や水路、日照条件、持ち主の評判などの現状を調査して、その上で持ち主と交渉して耕作放棄地を借り受けるという手続きも必要かもしれません。その上で、樹木や竹を伐り払い、根っこを掘り起こして、草刈りをして、ゴミや石などを廃棄して、更地にしないと始まりません。その後、ソルゴーなどの緑肥を一面に植えて、土壌の物理性と生物性の改善を図ります。緑肥を刈り倒して、土壌改良剤を撒いて、トラクターで鋤き込んだら、やっと作物の作付けの準備が整います。地域起こしや地域活性化のプロセスで、こうした開墾・土作りにあたるのは、どんな作業でしょうか? 地域内での根回し、行政との連携、地域の意識向上のための勉強会みたいなことでしょうか? 今回の「地元学」も、こうした作業の一環として位置づけられるかもしれません。


 土作りが済んだら、元肥を入れて、耕転・畝立てをして、播種あるいは定植をします。準備的な勉強会で「苗=人材」を育てておいて定植するという方法もありますし、とりあえず、沢山の「種=企画」をぶちあげて、播種して芽が出てから間引きする・・・という方法もあります。しかし、どちらにしても播種や定植をする前に、長期的な見通しの中で、どんな「収穫物=目標」を達成するのかを考えておかなければならないし、長年、その地域を支えてくれるような果樹の苗を植えるなら、結実するようなるまでの数年間を、どう支えていくかも考えないといけないでしょう。また、収穫した後の次作として、連作を避けてどんな作物(プロジェクト)を植えるのかを考えておいてもいいでしょう。そして、作物の初期生育を支えられるだけの元肥=予算・補助金を確保する必要もあるかもしれません。まあ、その点、自然農法だと無肥料で栽培することが多いので、予算は要らないかもしれませんが、その分、土作りにはお金をかけなければならないでしょう。


 発芽直後、定植直後というのは、ネキリムシにポキンと折られたり、苗立ち枯れで全滅したり、大雨にやられて腐ったり、逆に乾燥で枯れてしまったりということが、よくあります。だから、多めに播種したり、補植用の苗を用意しておいたりするんですが、慣行農法的には、初期防除というのが非常に重要になります。何しろこの時期は、作物の生育状況から目が離せない時期で、少しの異変も見落とさずに早め早めに手を打って、それでもダメなら早目に見切りをつけて、次の種をまいたり、補植したりしなければなりません。地域活性化でも、プロジェクトが軌道に乗るまでは、色々と大変なことが多いでしょうが、手を抜くことはできません。ある意味、2度3度の失敗は前提にして、芽が大きくなるまで、苗がしっかり根付くまで、根気よくイベントを開催し続ける・・・「3割ヒッターを目指す」ような姿勢も必要かもしれません。


 ある程度、苗が大きくなったら、余程のことがない限り、順調に育っていきます。「栄養生長期」という言い方をしますが、光合成を行うための葉っぱを増やして、大きくする時期で、光合成で炭水化物を合成し(一次同化)、その炭水化物と窒素(N)からたんぱく質を合成して(二次同化)、葉や茎、根などの植物体を構成します。地域起こしや地域再生のための事業やグループの基礎固めの時期と言えるかもしれませんが、地道な活動を通して、グループのメンバーのスキルアップを図ったり、他の地域や団体との交流を図ったりするのが大事かもしれません。何しろ、目立った成果や収穫はありませんが、この時期に、思いっきり植物体を大きくして、同化器官である葉を増やし、地中の栄養や水を吸い上げて、植物体を支える根を張らせて(根性をつけて)やることが、この後の収穫に直接、響いてきます。


 葉が茂って、植物体が大きくなってくると、植物体を維持するために必要なエネルギーと、植物体を作るために必要なエネルギーをまかなっても、さらに光合成で生産される炭水化物が余るようになります。そうなると、植物は栄養成長期から生殖成長期へ交代する時期にかかります。つまり、花芽が分化して、花をつけて、実をつけ始めるのですが、ここでまさに生育ステージが「交代」して、植物は質的に変化を遂げることになります。この変化の時期、クラッチを踏んでギアが変わる時期というのは、必要とする栄養がチッソ(N)からリン(P)やカリ(K)に変わったり、あるいは大根や人参のとう立ちのように形態が変わったりするので、植物が生育バランスを崩しやすい時期であり、病害虫の出やすい時期でもあるので、防除のタイミングを見計らう必要があります。また、花を咲かせて、受粉し、結実するときには、肥料分だけでなく水分も要求することがあるので、追肥や灌水、場合によっては中耕や土寄せなどの作業をタイミング良く行う必要もあります。地域起こしや地域再生で言えば、大事に育てて内部固めをしてきたグループが、対外的にデビューを果たす時期と言えるかもしれません。脚光を浴び始めると、人や評価が集まり始めるだけでなく、悪い虫? も飛んでくるかもしれないので、早め早めに防除? して手を打っていくのが大事でしょう。前もって、クレーマー対策や批判対策を打っておくのもいいでしょう。


 交代期を経て、生殖成長期に入ると、いよいよ収穫が始まります。水稲や枝豆のように、一度に全部、刈り取ってしまう品種もあれば、トマトやナス、キュウリのように、ずっと取り続けていく品種もあります。あるいは、果樹などでは、数年間は栄養生長で、その後、何十年も収穫し続けるということもあります。単発のイベントの開催を目指してきたグループにとっては、イベントを成功裏に終わらせることが収穫かもしれません。ただ、稲や麦などは、晴れてくれないと収穫できなかったりします。最終的には天候に左右されるというのは、一緒かもしれません。トマトやナス、キュウリなどの果菜では、一回の収穫ごとに追肥や灌水をして、成り疲れしないように気をつける必要があります。植物体は、果実をつけるのにかなりのエネルギーを使うので、生育バランスが崩れて病害虫にやられることも多くなります。何回かのシリーズでイベントを開催していく、果菜型のグループの場合には。一度の成功で安心しないで、状況に応じて細かい対応をして次につなげていくのが大事かもしれません。さらに、年に1度の大イベントを毎年開いていく・・・という果樹型のグループの場合は、果樹栽培に詳しいおじさんが沢山いますので、その方々に聞いてください。


 なお、収穫時には、B級品やハネものが沢山出ます。農業を実際に体験してみて、本当に実感したのは、お店に並んでいる野菜さんたちは、ものすごい競争と選別をくぐりぬけてきたエリートさんばかりなんだということ。まず、播種や育苗の時点で、発芽しなかったり生育不良になったりした株を落として、さらに間引きをして、品種によっては摘果をして、収穫時に商品になりそうにないものを処分して、さらに収穫してから規格に合わせて選別して、秀品は共販に出荷して、ちょっとでも傷があるものは直売所に出して、残ったものは自分たちのところで食べるか、廃棄する。このB級品、ハネものを加工して商品として得ることができたら、「もったいないお化け」が出ないで済むのになあ・・・と思うわけです。


 さて、収穫・選別・調製・出荷が終わったら、残渣の後片付けをして、次作のための準備をしなければなりません。この畑や田んぼを休める時期というのは、実は非常に大事で、保水性・排水性・保肥力を高める効果のある腐植質を多くするには、炭素比の高い有機物を畑に鋤き込んで、じっくりと微生物や土壌生物に分解してもらう必要があります。地域起こしや地域再生のプロジェクトにおいても、一段落したときには、それまでの活動をよく振り返って、軌道修正や人員の刷新、組織形態の変更などを行ってみてもいいでしょう。特に、メンバーの入れ替わりに応じて、仕事や人脈の引き継ぎを行う作業は、大事かもしれません。特に果樹型の活動の場合にはそうですが、御礼肥えをして、剪定をして、樹形を整えておかないと、次年度の収穫は覚束なくなります。果実を収穫した後に、盛んに光合成して、次の年に実をならせる分の栄養分を蓄えている場合もあるので、施肥や剪定のタイミングも非常に重要になります。


 まあ、農業をルートメタファーにして、アナロジカルに地域起こしや地域再生を捉えなおしてみると、以上のようになりましたが、別にこれが正解というわけではなくて、他にも無限の捉え方、考え方が出てくると思います。で、実は、読み返してみると非常に重要なポイントが抜けていることに気づいたりします。いったい何でしょうか?
 

 実は、作付けをする前に、いやこの場合なら耕作放棄地を手に入れる前に、作付け計画を立てなければなりません。つまり、「前もって、絵を描く」必要があるのです。ところが、作付け計画と立てるためには、そもそもの経営計画を立てなければなりません。そして、経営計画を立てるためには、どれくらいの利益をあげるかという経営目標を立てる必要があります。で、この経営計画や作付け計画がきちんと立っていないと、国からの補助金が下りませんし、残念ながら、行き当たりばったりや思いつきだけでは、農業で儲けることは不可能です。綿密かつ周到な計画を立てた上で、それを実行し、その結果を評価・反省して、改善して修正していく・・・PDCA(計画→実行→評価→改善)サイクルを回していくことが、農業においても、地域起こしや地域再生の活動においても基本と言えるでしょう。そのために、最初に挙げたような思考法や発想法、ディスカッション法をうまく使っていけるといいなあ・・・というか、このPDCAサイクルの全体をマネジメントできる人材を育てる・・・というのが、この講座の目的なのかしら?


 ちなみに、N先生の植物工場の講義の時に、「この講義と地域再生マネジメントはどう関連しているのですか?」と質問して、某Tさんから「また、先生に喧嘩売って!」とたしなめられましたが、ここで述べたような含意があるかどうかを確かめたかったというのが、質問の意図でした。すでに南予で稼働しているように、地域に植物工場を誘致することで、経済あるいは雇用の面で地域を活性化できる・・・という答えをいただきましたが、農業と地域再生を結び付けようと考える時に、そのことは非常に重要な方向性だと思うし、愛媛県地域活性化の切り札になる可能性も秘めていると思います。


 ただ、個人的には、農業全体と地域再生を結びつけて考えていくための、もっと大きな枠組みがあるんじゃないかなあ? と思ったりしています。つまり、地域再生の一手段として農業があるというだけでなくて、今回、試論として行ってみたように、農業のアナロジー地域再生のプロセスを見直してみることで、新しい「地域再生マネジメント」の方法論を生み出せないだろうか? みたいなことを考えているわけです。


◆おわりに◆

 最後に、皆さんに紹介しておきたいのは、大井上康さんが提唱した栄養週期理論の、植物の段階的発達モデルです。『家庭菜園の実際 〜栄養週期理論の作物づくり』(農文協 2006年)の口絵に掲げられている図表では、栄養生長期(消費生長期)→ 交代期 →生殖生長期(蓄積生長期)という三つの生長週期によって、植物の生長プロセスを捉えるという理論です。この図表では、まさに女性の成長プロセスをアナロジーとして引いていますが、教育の分野においても、こうした人間の発達段階理論というものが知られていて、その中でも特に、ピアジェの認知発達段階理論と、エリク・エリクソンの心理社会的発達段階理論(ライフサイクル理論)は、非常に良く知られています。


 発達段階理論というのは、例えば知識や知能が量的に連続的に発達するだけでなく、ある時期には、質的に異なる、非連続的な変化を遂げることがあり、教育の場面では、そうした発達段階の違いに応じて、発達課題が変化するので、教師や親と子どもの関わり方も変えていかなければならない・・・という考え方です。例えば、幼い子どもは知能が遅れているとか、頭が悪いというのではなく、幼児期独特の思考や論理を働かせていて、その時期にそれをきちんと訓練するから、次の認知発達段階に進むことができる・・・と捉えるのです。


 大井上さんの「栄養週期理論」でも、植物の発達段階に応じて、必要とする栄養が異なるので、発達段階に応じて追肥をしていくことで、逆に栄養生長から生殖生長への切り替えをある程度コントロールすることもできる。そうやってメリハリのついた生長ができるように育てれば、野菜も健康かつ強健に育って、安全で美味しいものが収穫できる・・・ということが述べられています。


 では、地域起こしや地域再生の活動やグループには、発達段階を想定できないものでしょうか?



家庭菜園の実際―栄養週期理論の作物づくり

家庭菜園の実際―栄養週期理論の作物づくり